悪魔が張り巡らせた罠の中で
私は子供の頃(何だか大人達のやっていることがおかしい)と感じていました。
もっと1人1人の人を活かす良い方法が沢山ある筈なのに、
何だか皆、変な方向に進んでいる(誘導される)
と感じたものです。
そんな私でも、学校を卒業する頃にはすっかりと染まり、
(社会で活躍しなくては、皆に馴染まなくては)
と必死に考えていました。
成長し大人になるということは、
・自由に使える時間
・考えること
・自分の意見を持つこと
などを1つずつ失くしていくことだと、
心の奥底で感じていました。
でも、従わないと生きていけない、
という思い込みが余りに強く、
息を止めて水に潜るような日々を、
ずっと送っていました。
かつての私のように、
大人になってから自分の考えを持てない人は、
案外多いのでしょう。
だからこそ、心のどこかで変だ、と感じていても、
≪明らかにおかしいもの≫
を自分の中に取り入れてしまう。
…でも私は、元々体質や精神が少し変わっていて、
≪おかしいものは、おかしい≫
という感覚を捨てきれず、
そのためにあちこちからはみ出すような…
自分でも、かなり不器用な生き方をしてきました。
他の人にとって≪やって当たり前≫のことであっても、
(私には必要無いから、したくない)
と考えることが多かったです。
(でも、私のような人間を見掛けると躍起になって
型に嵌め込もうとする人が必ずいますね。
そのような人からは、逃げ出せば良いのですが、
負けん気が強いせいか、
向こう傷を負ったこともあったかも知れません。
私をよく知る人からは『一呼吸置いて』と言われますが、
一呼吸置いた後に、また立ち向かってしまうのです。)
ある時、ブログで私は1つの出会いをしました。
これまでに見たことが無いような、
不思議な感じを受けました。
その方の文章は他の方と違っていて、
派手さが無いのに、妙に心に残り、
スーーッと沁みるような感覚があったのです。
その方の生活は、ブログで見る限りかなり変わっていて、
【明らかに社会の枠組みの外】
で生きているように感じたのです。
実際にそうでした。
(こんな生き方があるんだな…)
静かな、見えない雷に打たれたような、
でも強い衝撃を深い部分で受けたものです。
そうか、生きるってもっとシンプルだったんだ…
かつて社会の中では、
仕事が出来ないと人間性や性格まで
否定されることがままあった訳ですが、
それは、言ってる側が勝手な理屈でこじつけているだけで、
私は悪い人間ではなかったのだ、、、、
そんな、天啓とも言える≪本当のこと≫がやっと見えました。
この疾病禍の中で次々に明かされていく、
世の中の歪んだ構造、
善いと思っていた人の裏の顔、
信頼していた企業や団体の本当の目的…
様々なものを見せられ続け、
もう疲弊して「視たくない」
と思っている方や、
最初からシャットアウトする人など、
色んな方がいらっしゃいますが、
それでも、この世を構成する一員であることには変わりません。
素晴らしい学説を広め、
諦めてはいけない、
希望がまだある、
一緒に何とか頑張ろう。
そう言った発信をして下さる方がいて、
尚更、確信が深まりました。
随分、変な世の中でしたが、
よくここまで進んでこられました。
だから、あなたには希望があります。
一緒に前に進んでいきましょう。
本当にひどかった人類史だがもうすぐ終わる